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平河町と紀尾井町付近の散策 [いい日旅立ち(散策)]

平成26年2月21日(金)[晴れ]


今日は、久しぶりに散策ウォーキングをしてきました。

午前中は、千代田区の平河町にある「平河天満宮」で参拝をした後、紀尾井町にある「清水谷公園」を散策してから、開館時間に合わせて平河町にある「水田記念博物館」に戻り、“化石”を見学しました。



平河町散策マップ.jpg



昼食を食べた後の午後の部は、JR四ツ谷駅からJR御茶ノ水駅区間を歩いて、駅スタンプの収集を行いました。



(平河天満宮)


日本で一番、皇居に近い“天神さま”と言われているそうです。



平河天満宮.jpg



天神様には欠かせないシンボルの梅とトレードマークの牛(神牛)ですが、ここ平河天満宮にも撫で牛が1体、石牛が4体鎮座しています。



撫で牛.jpg



本殿前に鎮座している左右の狛犬ですが、右側の狛犬は厳密に言うと「獅子」なのだそうです。



平河天満宮(狛犬と本殿).jpg



左側の狛犬はこんな感じです。



e6eee1ca.jpg



御朱印をお願いしたら、せんべいがもらえました。

へぇ~、今までにはない神社ですね。



御朱印とせんべい.jpg



(清水谷公園[しみずだに こうえん])



清水谷公園(由緒).jpg



茶室として利用されている偕香苑(かいこうえん)



偕香苑.jpg



復原された湧水



湧水の復原.jpg



清水谷.jpg



近くで行われた道路拡幅工事の時に出土した、江戸時代の水道設備の一部が置かれていました。



石枡と木樋.jpg



石枡と木樋の説明書き.jpg


園内には、大久保利通の哀悼碑(あいとうひ)がありました。

この付近で暗殺されてしまったようです。

ところで、大久保利通の子孫は、政治家の麻生太郎なんですって。



大久保利通の碑.jpg



大久保利通哀悼碑(説明書き).jpg



心字池とホテルニューオータニ



心字池とホテルニューオータニ.jpg



清水谷公園のある紀尾井町は、江戸時代、紀伊(紀州徳川家)、尾張(尾張徳川家)、井伊(井伊家)のそれぞれの屋敷があった場所であることから、頭一文字を取り紀尾井町になったとのことです。



(水田記念博物館大石化石ギャラリー )


千代田区平河町の城西大学キャンパス3号棟内にあり、無料で一般公開されています。



城西大学東京紀尾井町キャンパス3号棟.jpg


地下1Fにあるギャラリーへ行く途中の階段には、ティラノサウルスの全身骨格が…

1億、2500万年前のものです。



ティラノサウルス.jpg



ギャラリーの扉から通路を通って中に入っていきます。



大石化石ギャラリー.jpg



ギャラリーには、主に魚類の化石が展示されていて、内部の様子はこんな感じです。



化石の展示.jpg



化石の展示2.jpg



「アンキオルニス」という、始祖鳥よりも古い世界最古の羽毛恐竜の化石なんだそうです。



アンキオルニス化石.jpg



こちらは、「アンハングエラ」という大型翼竜の顎の化石です。

翼を広げた長さが4.7mということなので、人間なんか簡単にさらわれちゃいます。
そして、このくちばしで挟まれてイチコロです。


アンハングエラの化石.jpg



トンボの化石です。

現在でも見られるトンボと同じ形の様ですが、古代から進化をしていないのでしょうか?

それとも、進化をする必要が無い最終形だったのでしょうか?


トンボの化石.jpg



見た目で直ぐに判ったワニ系の古代生物で、その名は「イタスクス」という化石です。



イタスクスの化石.jpg



シーラカンスの仲間の「フォロファグス」の化石です。



フォロファクスの化石.jpg



「リコプテラ」の化石



リコプテラの化石.jpg



これらの化石は、1億年前の地層から発掘されているとのことです。

人類の歴史って魚たちよりもかなり短いことを再認識しました。



サンタナ層の魚類化石.jpg



一億年前.jpg



進化論を提唱した「ダーウィン」の直筆の手紙が展示されていました。

編集者に宛てた手紙という説明書きで、本文の内容についての説明はありませんでした。



ダーウィンの直筆の手紙.jpg

午後の部の、駅スタンプ収集ウォーキングは、次のブログで。





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マッチワールド展(浅草三十坪の秘密基地) [いい日旅立ち(散策)]

平成26年1月24日(金)[晴れ]



ギンギラギンにさりげなく~♫

近藤マッチ!で~す。

という、軽いノリで今日は、奥方と一緒に「浅草三十坪の秘密基地」へ「マッチワールド展」を見に行ってきました。

まずは、今年初の浅草寺参りを済ませ、仲見世を散策した後は、お目当ての「浅草三十坪の秘密基地」へと移動。

しかし、平日にも関わらずたくさんの参拝者で境内は混雑していますね。



浅草寺.jpg



浅草1.jpg



浅草2.jpg



「三十坪の秘密基地」は、雷門通りに面したビルの2Fにあります。



三十坪の秘密基地.jpg



そして、「三十坪の秘密基地」に入ると…、お~、“マッチ”だらけで、まさに「マッチワールド」です。

今日が展示替えの初日で、自分たちが一番乗りの入場者です。



マッチワールド1.jpg



シガーケースならぬ、マッチケースです。

昔は、マッチの存在は貴重だったんですね。



マッチワールド3.jpg



今で言うところのCM女優なんでしょうか、綺麗な人。



マッチワールド4.jpg



約800本のマッチ棒が入っていた「徳用マッチ」ですが、見たことのない様な図案のものばかりです。



マッチワールド5.jpg



「臨時召集令状」と言われるものも展示されていました。

第二次世界大戦の時に、戦争へ駆り出される際に通知された「赤紙」と呼ばれるものです。

初めて目にしました。



マッチワールド6.jpg



マッチ箱が積まれた山、マッチ箱の一つ一つが、色々な広告の役目も果たしていたんですね。

当時は、それだけマッチは身近な存在だったんですね。



マッチワールド7.jpg



以下、多種多様な図案のマッチラベルです。


(馬と鹿印・猿印・象印・虎と獅子印マッチ)



マッチワールド2.jpg



(タバコマッチ)



タバコマッチ.jpg



(旭日・国旗マッチ)



旭日・国旗マッチ.jpg



(鳥類マッチ)



鳥類マッチ.jpg



(地球・風景・建物マッチ)



地球・風景・建物マッチ.jpg



(人物マッチ)



人物マッチ.jpg



(神仏マッチ)



神仏マッチ.jpg



(昆虫と魚介類マッチ)



昆虫と魚介類マッチ.jpg



(広告マッチ)



広告マッチ.jpg




(元気なマッチラベル)



元気なマッチラベル.jpg



(花と植物マッチ)



花と植物マッチ.jpg



(ブックマッチ)



ブックマッチ.jpg



(燐票収集家個人票)



燐票収集家個人票.jpg



(文明の利器マッチ)



文明の利器マッチ.jpg



(徳用マッチ)



徳用マッチ.jpg



これもマッチラベルの一種の様です。



マッチワールド10.jpg


いや~、それにしてもすごい数のマッチラベルでしたね~。



こちらは、「マッチワールド展」とは関係ありませんが、この様なレトロ風の置物も何点か展示されています。



マッチワールド9.jpg



「マッチワールド展」を見た後は、昼食時間まで、浅草寺周辺を散策しました。



浅草公会堂では、歌舞伎が開かれており、たくさんの入場者で賑わっていました。



浅草公会堂.jpg



先月オープンした「ドン・キホーテ浅草店」の店内を少し見て回りました。



浅草ドン・キホーテ.jpg



浅草ドン・キホーテ2.jpg


「浅草ジンタ」というロックバンドが、浅草の路上でアンプ内蔵のレトロなサイドカー付き自転車に乗り、マーチングバンド演奏を行っているとのことです。



浅草ジンタ.jpg



この様な方々が、浅草を拠点に世界へとグローバルな活動を行っている様です。



jinntaA.jpg



お昼は、「モンブラン」というお店で、鉄板ハンバーグを食べました。

11時の開店時刻から10分ほどで、店内はほぼ満席状態です。



モンブラン.jpg



帰りも、都バスに乗って帰りました。

自宅に向かうバスではありませんが、“こち亀”のラッピングバスなので、亀有駅行きだというのがすぐに解かりました。



都バス.jpg




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「サザエさん」散策記 [いい日旅立ち(散策)]

平成26年1月12日(日)[晴れ]


今日は、奥方と二人で世田谷区の桜新町にある「長谷川町子美術館」へ見学に行ってきました。

“長谷川町子”と言えば、知らない人はいないマンガ「サザエさん」の原作者ですが、この美術館は、今から29年前の昭和60年に開館したそうです。

最寄り駅の桜新町駅から美術館へ向う「サザエさん通り」を含めて周辺は、サザエさん一家のイラストなどであふれています。



(街なかで見かけた銅像)



サザエ・タラオ(桜新町駅:南口)



銅像1.jpg



一家(桜新町駅:西口)



銅像2.jpg



銅像3.jpg



サザエ(サザエさん通り・交番前)



銅像4.jpg


北口に、カツオとワカメの銅像があり、銅像はこれで全ての様です。

ところで、この銅像の固定資産税(年60万円)を巡ってテレビ報道がありましたが、結果して課税は免除されたとのことです。

税金のことは良く解りませんが、何でもかんでも課税にしようとする世知辛い世の中になってしまった様に感じます。



(街なかで見かけたイラスト)



イラスト2.jpg



イラスト3.jpg



イラスト7.jpg



電力設備の「地上機器」と言われているものですが、これに描かれていたイラストがとても良い感じでした。


イラスト1.jpg


店舗の前に飾られているサザエさんたちは季節柄マフラーをしていて、温かさを感じます。

夏場は、どの様なスタイルになるのでしょうか。



イラスト8.jpg



イラスト10.jpg


イラスト9.jpg


美術館の建物の壁にもたくさんのイラストが。



イラスト4.jpg



イラスト5.jpg



イラスト6.jpg



(サザエさん公園)



サザエさん公園1.jpg



小さな公園ですが、園内の歩道上にはこの様なパネル画が敷かれています。



サザエさん公園2.jpg



(長谷川町子美術館)



美術館4.jpg



美術館1.jpg



美術館2.jpg



美術館3.jpg



館内は展示品が少なく、20分程度で見終えてしまいます。

一人、600円の入館料は、ちょっと高いですね。


おいらも、ちょっと世知辛いかな。




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本所七不思議めぐり [いい日旅立ち(散策)]

平成25年12月22日(日)[晴れ]


今回の散策は、本所(東京都墨田区)に江戸時代頃から伝わる都市伝説的な七不思議を巡ってみました。

合わせて、散策ルート上で見かけたものをいくつか紹介しています。

※なお、七不思議のスポット説明文は、「下町めぐり.jp」のスポット情報から引用させていただきました。



①かっぱ像・置いてけ堀(墨田区江東橋4-17-1 錦糸堀公園)


錦糸堀で魚を釣って帰ろうとした釣り人が堀の中から聞こえた「おいてけ~」という声に驚き、魚を放り出して逃げたという話で、声の主は河童ではないかといわれています。

現在使われている“置いてきぼり”は、この“置いてけ堀”が転じてできた言葉なんだそうです。

知らない土地で、“置いてきぼり”にされたら怖いですよね。



置いてけ掘り(かっぱ像).jpg



河童が背負っている魚は、淡水魚の鯉とナマズですね。それから亀の甲羅も背負っている様です。

足の水かきや、とんがったくちばし、耳先など、全体的に理想的な河童の像に思えます。



置いてけ掘り(かっぱ像・背面).jpg



錦糸堀は埋め立てられ、現在、錦糸堀公園となっています。



錦糸堀公園.jpg



②片葉の葦(墨田区両国1丁目付近)


惨劇の名ごりと人は言う。

「片葉の葦」が、駒留橋近くで発見されたのは、お駒殺し事件から、すこし後のことだった。

 葉を片側しか付けない葦の群生は、お駒の怨念せいと、本所の町が騒然となったことは、まだ記憶に新しい。

 悲劇は、ならず者の留蔵が、お駒という美人の娘に目をつけたことから始まる。

 留蔵は執拗に言いよるが、お駒にソデにされ、切れた。逆上した留蔵は、お駒を襲い、片手片足を切り落とし、亡骸を堀に捨てたのだ。

 現場に(お駒の怨念の)片葉の葦が群生しだしたころ、留蔵は狂い死にしたそうな。



片葉の葦.jpg




③置いてけ堀・御竹蔵跡(墨田区横網1丁目付近 )


江戸のむかし、本所界隈は掘割りが多く、魚が釣れた。

 ある日、ふたりの男が釣りに興じていた。

 「きょうは大漁だぜ」

 魚籠(びく)は魚でいっぱいになり、すっかりいい気分。そして、日暮れの帰り道。ゾッとした・・

 (おいてけ・・、おいてけ)

 堀のなかから、なんとも不気味な声がする。

 「は、はやく行こうぜ」

 ふたりだから気も強い。声を無視して歩いていたら、金縛りにかけられたように体の自由がきかなくなった。

 「やべぇ、逃げろ!」

 やっとの思いで、家までたどりついたものの、魚籠をのぞくと・・・魚はなくなっていた。


ここで伝えられている“置いてけ堀”は、錦糸堀ではないかとう説もあるよう様です。


置いてけ堀・御竹蔵跡.jpg



④津軽の太鼓(墨田区亀沢2丁目付近)


むかしから、大名屋敷の火の見櫓は、版木の連打で火事を知らせると決まっている。

 それなのに、本所の津軽越中守の屋敷だけは、火の見櫓に「太鼓」がぶらさがっていて、火事のときは太鼓を鳴らす。

 なぜ、津軽屋敷だけが「太鼓を許されているのか」、誰も知らない。

 でも、こんな話もある。

 津軽屋敷の火の見櫓にあるのも、本当は版木なのだ。

 しかし、その版木、打ち鳴らすと「太鼓の音がする」。



津軽の太鼓.jpg



⑤足洗い屋敷(墨田区亀沢4-15)


本所にある武家屋敷では、深夜になると、血だらけの毛深い大足が、天井をバリバリ突き破り、降りてくる。

 「足を洗え~」

 大音声でどなり散らすものだから、

 おそるおそる家人が、大足の血汚れを洗ってやると、それは、おとなしく天井裏に戻っていく。

 この怪奇現象は、夜な夜な繰り返されているらしい。

 屋敷のあるじが打った手はことごとく失敗し、家人たちも憔悴きった様子。

 もう、大足に命じられるがままのこの屋敷、「足洗い屋敷」と呼ばれている。


付近には、これといった物はありませんでした。



⑥送り提灯(墨田区太平1丁目付近)


提灯を持ってくるんだった。

 月が隠れると、本所出村町あたりは、真っ暗闇だ。

 おっ、いいあんばいだ。前に提灯の灯りが見える。

 こんな夜更けに、誰かは知らねえが、道づれにしてもらうとするか。

 待ってくれ~、早足で後を追う。

 (おかしい)、灯りが消えた。

 なんだ、提灯のやつ、もっと先にいるじゃねえか。

 また、足を早めて、追いかけるのだが、(おかしい)近づくと、また、灯りを消しやがる。

 おーい、待ってくれよ。おふざけはやめだぜ。

 おいおい、もう夜が明けるぞ・・

 えッ、ここはどこだ。なんで一面の葦の原なんだよ。


位置的には、大横川親水公園の法恩寺橋付近の様ですが、説明書きなどを見つけることはできませんでした。

以前に撮った、大横川親水公園の擁壁に描かれていた本所七不思議の絵。



本所七不思議(大横川親水公園).jpg



[イラスト画の石柱]



○芥川龍之介


作家「芥川龍之介」は、墨田区の本所で育ったそうです。


芥川竜之介.jpg



明治25年(1892)3月1日、東京市京橋区入船町に生まれ、生後7ヶ月、母が病のために、本所に住んでいた母の兄、芥川道章に引き取られたそうです。
その後、13歳で芥川家の養子になりました。

辰年の辰の日の辰の刻(現在の午前7時から午前9時)に生まれたため、龍之介と命名されたとのことです。

ところで、石柱に書かれている龍之介の「龍」の字が「竜」に?

どうやら、人名漢字で書かれる「龍」の文字は、 常用漢字では、「竜」と書かれる関係からの様です。



○ねずみ小僧


「回向院」という寺院には、ねずみ小僧次郎吉の墓があるため、付近にはこの様な石柱もあるようです。



ねずみ小僧.jpg



[猪]



「ももんじや」という鍋料理店に吊るされていた大きな猪です。



ももんじゃ(猪).jpg



説明書きによると、“ももんじ”とは百獣のことで、四足の動物の肉を扱う店を総じて「ももんじ屋」と呼んでいるそうです。

また、猪の肉は、冷え性や疲労回復に効果があるとのこと。



ももんじゃ(説明書き).jpg



鋭い牙と大きな体格です。こんなのに襲われたら良くて重症です。

“うり坊”は可愛いけど、大人はまさに猛獣です。



[相撲部屋]



両国付近は、やはり相撲部屋が多いです。

相撲は、ほとんど見ないので詳しいことはよく解りませんが、それぞれの部屋や力士たちにはたくさんの歴史があるようです。



○大島部屋



大島部屋.jpg



○井筒部屋



井筒部屋.jpg



○春日野部屋



春日野部屋.jpg



[史跡]


○塩原太助炭屋跡


「塩原太助」という人は、江戸時代に木炭の粉を丸くこね固めた「炭団(たどん)」と、いうものを商品開発して成功を収めた人だそうです。



塩原太助炭屋跡.jpg



最初、自分は練炭(れんたん)を思い浮かべましたが、練炭は明治時代から使われ始め、石炭粉や木炭粉を練って作られたもので、炭団とは似て非なるもののようです。

また、家庭用燃料として豆炭(まめたん)というものがありますが、こちらは大正時代に扱い易く改良開発されて生まれたもので、製法も炭団や練炭と異なる様です。



○本因坊屋敷跡


本因坊家は、囲碁の名門で織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人に仕えた日海(一世本因坊算砂)を開祖とする家系で、名棋士を輩出…。



本因坊屋敷跡.jpg



○俵星玄蕃(たわらぼしげんば)


忠臣蔵に登場する架空の人物で、横網町で道場をやってる槍の名士という設定です。



俵星玄蕃の道場跡.jpg



[記念碑]


王貞治氏は墨田区の出身で、昭和28年(1953)、本所中学校に入学した当時は卓球部や陸上部で活躍し、特に陸上部では砲丸(ほうがん)投げの選手として都大会にも出場するほどの実力だったとか。

2年生の時に休部していた野球部を再開させ、3年生の時に墨田区の大会で優勝し、東京都の大会にも出場したそうです。

校門の脇には、自筆で書かれた「気力」の記念碑があります。



王貞治記念碑(本所中学校).jpg




[建造物]


○両国橋


七不思議の一つ“片葉の葦”は、両国橋のたもとにありますが、久しぶりに見た両国橋の色が塗り替えられていたのを初めて知りました。

以前は、こんな感じの色でしたが…。



両国橋(旧、色).jpg


何か、戦車や装甲車に塗られる様な“味気ない色”でした。

吾妻橋の赤や、蔵前橋の黄色、厩橋の緑、駒形橋のブルー、新大橋のオレンジ等々、隅田川に架かる橋の色は鮮やかで綺麗ですが…。



両国橋.jpg



○太鼓櫓(たいこやぐら)


大相撲興行の際に、当日の興行実施を知らせる(寄せ太鼓)や、当日興行の終わりを知らせる(はね太鼓)を打つための太鼓櫓です。

エレベーターを備えた常設の太鼓櫓になっています。



国技館(櫓).jpg



[お寺]


○桃青寺(とうせいじ)

松尾芭蕉は、このお寺に数年間寄宿していたので“芭蕉わらじ脱ぎの寺”と呼ばれていたそうです。



桃青寺.jpg



○福厳寺(赤門寺)


門が朱色なので、古くから赤門寺(あかもんでら)と呼ばれていたそうです。

この門は三代将軍徳川家光が、父秀忠の追福(冥福を祈ること)のために寄進したものなのだそうです。

また、赤穂浪士大石内蔵助の縁者である大石三平は、福厳寺の住職を禅の師として親しくしていたこともあり、赤穂義士の吉良家討ち入りの際には、ここ福厳寺を義士の密談場にさせたり、討入りの手引きなどもしたと伝えられています。



福厳寺(赤門寺).jpg



[東京おりがみミュージアム]



東京おりがみミュージアム.jpg



珍しいおりがみの作品が多く展示されていました。



折り紙作品1.jpg



折り紙作品2.jpg



折り紙作品3.jpg



今回も、約10kmの散策ウォーキングとなりました。



本所七不思議.JPG





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「浅草知って紅団」の任務完了の報告について [いい日旅立ち(散策)]

平成25年11月2日(土) [曇り]


う~ん、この様なおもしろい散策企画があったとは…。

それも、過去に二回も訪れていた浅草の「三十坪の秘密基地」が受付場所の一つだったとは、不覚でした。

「浅草知って紅団(くれないだん)」の存在を知ったのは、数日前にWEBで「三十坪の秘密基地」の展示替えの情報を取りに行った時に知りました。

下記のURLは、今回挑戦した“第二弾「消えたXXを探せ!」”に関する公式のサイトです。

http://ufo.jp/kurenai2/

また、この“謎解きの散策”の受付場所は、スカイツリーがあるソラマチ(ツーリストサービスセンター)にあることも知りました。

そこで、昨日の“スカイツリー展望デッキ-観光ビッグプロジェクト”に合わせて、ツーリストサービスセンターで「丸秘、浅草非公開帳」を、500円でゲットしていたのです。



浅草非公開帳(第二弾).jpg



と、言うことで本日も「すみまるくん」に乗車して、スカイツリー(押上駅)へしゅっぱ~つ。


下の写真は、今回任務を遂行した第二弾の任務内容の一部です。



任務内容(第二弾).jpg



手がかりマップも付いていましたが、一箇所を除いては何度か散策で訪れている場所でした。

また、ヒントになっている物体(史蹟の説明板など)も、何度か目にしているので余裕の謎解きになりそうです。



手がかりマップ(第二弾).jpg


スカイツリーのある押上から目的地までは、さほど遠くないので歩いていきました。

今朝のスカイツリーは、曇り空です。

これから展望デッキに上る人は、かわいそう。



曇天のスカイツリー.jpg



(謎解き地点の一部)



源森橋(げんもりばし)



源森橋から.jpg



隅田公園



隅田公園.jpg



勝海舟像



勝海舟像.jpg



謎解きの散策が終了したので、任務の報告場所である浅草の「三十坪の秘密基地」へ向かいます。

「三十坪の秘密基地」で、受付のオネエさんと答え合わせ(含む、3箇所の現地写真)を行った結果、全問正解しました。[手(チョキ)]

ちなみに、謎解きの数は、六問+番外一問の計七問です。


で、ゲットした参加賞のポストカード(今はなき凌雲閣)と、全問正解賞の古銭ストラップです。



賞品(第二弾).jpg


あと、豪華賞品が当たる三角くじが1回引けたのですが見事に外れました。(まっ、当然かな)



「三十坪の秘密基地」には、もう一つ訪れた目的があります。


平成25年11月1日(金)~平成26年1月19日(日) の期間で展示替えをした、“昭和の街角でお馴染みだった哀愁漂うレトロな「ホーロー看板展」”です。



秘密基地(ホーロー看板展)1.jpg



ホーロー看板って何?、そして、気になる展示内容の紹介は、下記の公式サイトを参考にして下さい。

http://ufo.jp/




(ジオラマ)



作品の題名が付いていなかったので、勝手に「縁日」というシチェーションで鑑賞をしました。

活き活きとした感じが伝わるジオラマで、提灯の灯りと人々の影がとてもいいなぁって、感じました。



秘密基地(縁日).jpg



作品名は、「浅草ロック興行街」で、一枚の写真に収まりきれない大きな作品です。

一つ一つが丁寧に作りこんであります。



秘密基地(浅草ロック興業街.jpg



「明神湯」という作品名で、宮造り型で典型的な東京型の銭湯様式なのだそうです。


このジオラマは、大田区で営業中の昭和33年築、明神湯をモデルにしているとのことです。

他にも多数のジオラマ作品が展示されています。



明神湯.jpg




(ホーロー看板)



美空ひばりさんが宣伝をしていた「金鳥蚊取り線香」の看板です。

随分と、懐かしいです。



秘密基地(ホーロー看板展)2.jpg



(レトロな生活用品)



エスビーのカレー粉です、それも缶入りです。



秘密基地(ホーロー看板展)3.jpg



今では、種類が豊富なカレールーが当たり前の時代ですが、高価なカレー粉で作ったカレーライスがとても贅沢な夕食メニューだった幼少期を思い出します。


右下の初代ボンカレーも懐かしいです。

初めて食したのは、いつだったのか記憶にありません。


缶入りの「味の素」も懐かしいです。

昔の甘味料は、人工の”サッカリン”と言うものでした。

今では、ちょっと怪しげなネーミングに聞こえますが…。



うわ~、「ケロリン」です。

自然治癒が基本だった幼少期、水枕や赤チンで、ほとんどの病気や怪我に対処していた時代です。



秘密基地(ホーロー看板展)4.jpg



各家庭では、越中富山の薬売りが置いていく“置き薬箱”に、この「ケロリン」も入っていました。



秘密基地(ホーロー看板展)5.jpg


そう言えば、毎回“薬売りのおじちゃん”から貰った、四角い紙ふうせんが懐かしい思い出です。



この看板も懐かしすぎです。

今では何でもないようなものが、幸せな時だったんだと感じさせてくれます。



秘密基地(ホーロー看板展)7.jpg




(その他)



浅草公園遊覧之図

自然や季節を肌で感じる時代だったんだ、ということが強く感じられます。



浅草公園遊覧之図.jpg



さて、次回は第二弾よりも難解と言われている、第一弾「浅草から消えた五つのタワーの謎」に挑戦です。

締め切りの期限は無いということですので、天気の良い日にのんびりと散策します。



浅草紅団(第一弾).jpg



今日も、一日楽しかったぁ~。

あっ、そうそう、“第二弾「消えたXXを探せ!」”の任務内容(非公開帳)には、いくつか種類がある様です。

機会があったら、挑戦してみて下さい。

「三十坪の秘密基地」も、お勧めです。


じゃ!




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浅草の散策記 [いい日旅立ち(散策)]

平成25年8月30日(金) [晴れ]



今日から一泊で尾瀬の至仏山へハイキングに行く予定でしたが、旅行会社の都合で一ヶ月後に延期となりました。

今日は猛暑日でかなり暑かったのですが、貴重な休暇を利用して久しぶりに奥方を浅草へガイドしてあげました。


まずは、浅草三十坪の秘密基地へ案内しました。

ほとんど知られていないスポットなので、奥方も驚いていました。

前回一人で訪れた時は、約1000点にも及ぶインスタントラーメンのパッケージを見学しました。

今回は、「たのしい鉄道コレクション」展ということで、かなりテンションも上がりました。



【浅草三十坪の秘密基地】


「国鉄C62形蒸気機関車3号機」


C62.jpg



「EF55-1(愛称:ムーミン)」



EF55-1.jpg



「レアなSLたち」



SL.jpg



「蒸気機関車と汽車土瓶」


明治22年に信楽焼の土瓶に静岡茶を入れて販売したのが、汽車土瓶の始まりとのことです。

その後、昭和30年代頃まで瀬戸・益子・美濃焼などにより汽車土瓶が製造されるようになったと書かれてありました。

我が故郷の益子焼も、随分昔から頑張っていたんだぁ。



C62 2.jpg



「宇都宮(栃木県)停車場」


随分古く、貴重な写真です。

全国各地で撮られたこの様な写真が、数多く展示されていました。



宇都宮停車場.jpg



「香港の路面電車」



路面電車(香港).jpg



「アメリカの鉄道ピンズ」


良く集めたね~


鉄道ピンバッジ.jpg



「電車図鑑」



電車図鑑.jpg



「割長屋」


この様なジオラマ風の模型もいくつか展示されています。



割長屋.jpg



「神保町の本屋街」



神保町の本屋街.jpg



「浅草ロック座」



浅草ロック座.jpg



秘密基地は、無料でかなり楽しめます。

今回の「たのしい鉄道コレクション」展は、10月27日まで開催されています。

鉄道好きの方には、お勧めです。



秘密基地.jpg



【太鼓館】


先ほどの“秘密基地”から約5分程歩いいた所にあります。

こちらは、入館料が一人500円とちょっと高めの資料館です。

実際に太鼓を叩くことができるので、“太鼓の達人”向きな資料館かも。


太鼓館.jpg



太鼓館(和太鼓).jpg



太鼓館2.jpg



太鼓館(お面).jpg



ところで、明日31日の土曜日は、浅草サンバカーニバル(第32回)が行われます。



浅草サンバカーニバルのパネル.jpg


約50万人の人出と言われています。

浅草で行われた東京時代まつりは、一度見に来たことはあるのですが…。



「モンブラン」


お昼は、モンブランで鉄板焼きの和風ハンバーグを食べました。



モンブラン.jpg






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樋口一葉(たけくらべ)散策記 [いい日旅立ち(散策)]

平成25年2月11日(月) [晴れ]



今日は、樋口一葉の代表作品である「たけくらべ」に、ゆかりのある地を散策してきました。

樋口一葉は、現在の五千円紙幣の肖像にもなっている、身近で有名な小説家なのです。



樋口一葉人形(一葉記念館).jpg



本日の散策ルート。



樋口一葉散策.JPG



(浄閑寺[じょうかんじ])


別名、投込寺(なげこみでら)と呼ばれています。



浄閑寺(投込寺).jpg



吉原遊廓で死んだ25,000人もの遊女が、この寺に投込まれるように埋葬されたことから、この様に呼ばれたそうです。



(千束稲荷神社)



「たけくらべ」では、夏祭りをきっかけに物語が展開します。

境内には樋口一葉の文学碑があります。



千束稲荷神社.jpg



千束稲荷神社(樋口一葉).jpg



(樋口一葉旧居跡)



現在の台東区竜泉3丁目になります。

明治26年(21才)から明治27年(22才)の10ヶ月間、この地に住んでいたそうです。



樋口一葉旧居跡.jpg



(飛不動)




1530年の創建と言われており、一葉の旧居跡からは、とても近い位置にあります。

最近では、航空安全の守護神として有名になり、飛行機形のお守りが売られています。

また、ゴルフの守りも売っていました。(ゴルフボールが、より飛ぶ様にとのこと)



飛不動尊.jpg



不動様が右手に持つ、倶利伽羅不動(くりからふどう)という、剣でしょうか?


飛不動尊(剣).jpg




(一葉記念館)

「たけくらべ」の舞台となった台東区の竜泉に記念館は、建てられました。

また、一葉記念館の前にある「一葉記念公園」内には、「たけくらべ」の記念碑が置かれています。



たけくらべ記念碑(一葉記念公園).jpg



記念館に入って、展示されている資料を色々と見学しました。

下の画像は、下谷龍泉寺町(現在の台東区竜泉)に住んでいた時の模型です。

作品「たけくらべ」は、明治28年(1895年)から翌年まで「文学界」に断続的に連載されていたとのことです。

また、「たけくらべ」等の名作は、この竜泉から文京区(西片)へ転居してから生まれた作品とのことです。

医者嫌いの一葉は、時すでに遅く、結核のため24歳という若さで生涯を閉じました。(文京区西片が終焉の地)



下谷龍泉寺町一葉居室模型(一葉記念館).jpg



「たけくらべ」で登場する、美登利と信如(のぶゆき)の模型。



美登利と信如(一葉記念館).jpg



(鷲神社)



鷲神社.jpg



この境内にも、文学碑があります。



樋口一葉文学碑(鷲神社).jpg



(大音寺)



「たけくらべ」の竜華寺のモデルと言われているとのことです。



大音寺.jpg



(吉原神社)



吉原の花魁(おいらん)[吉原遊廓の遊女で位の高い者]も、参拝したという神社。



吉原神社.jpg



(吉原弁財天)



吉原神社から少し離れた場所にあります。



吉原弁財天.jpg




関東大震災の際に、逃げ場を失った吉原の遊女たちが、炎と煙に追われながらこの弁天池に殺到し、次々と飛び込んでは、折り重なるように溺れて490名の人が溺死してしまいました。


弁天池(吉原弁財天).jpg



その供養のために建てられた「供養塔」。



関東大震災供養塔(吉原弁財天).jpg



現在は、小さな池になっていますが、池の上の方には、不動明王が置かれています。



吉原弁財天(不動明王).jpg



こちらは、板に描かれた不動明王で、池の横に立てられています。



吉原弁財天(不動明王2).jpg



弁天堂の窓枠越しに弁財天を見ることができます。



吉原弁財天(弁天様).jpg



(朝日弁財天)



朝日弁財天.jpg



弁天池



朝日弁財天(弁天池).jpg



何故か、この辺の弁天池には、悲しい歴史があります。



朝日弁財天(弁天池の記).jpg



(三島神社)



三島神社.jpg



「たけくらべ」の作品には、この三島神社の横の道を歩いたという、場面があったようです。



三島神社(石橋跡).jpg



境内には、火除稲荷(火難除け)や、井戸に落ちた雷を閉じ込めたという逸話の「雷井戸」が、あります。




火除稲荷(三島神社).jpg



雷井戸(三島神社).jpg



雷井戸・説明書き(三島神社).jpg



(小野照崎神社)



「たけくらべ」の作品には、「小野照さま」の名で出ています。

ところで、「男はつらいよ」の渥美清さん。

無名時代に、この神社に訪れて“仕事を下さい”と願をかけた翌日に主演になったという、パワースポットで有名な神社なんだそうです。

ちなみに、小野照崎神社は、学問・芸能の神様です。



小野照崎神社.jpg



富士塚がありますが、決まった日(6月30日と7月1日)に、開放されます。



富士塚(小野照崎神社).jpg



(入谷鬼子母神[真源寺])


朝顔まつりで有名な地です。

この辺りも、「たけくらべ」の舞台の範囲です。



入谷鬼子母神.jpg



(浅草寺)



散策の最後は、浅草寺の弁天堂脇にある「時の鐘」を見ました。

時の鐘は、 明治になって廃止されたとのことです。



時の鐘と弁天堂(浅草寺).jpg



浅草寺(時の鐘・説明書き).jpg



今日は、2箇所で御朱印をいただきました。

目黄不動尊の御朱印がもらえなかったのが、残念。



御朱印.jpg



(永久寺[目黄不動尊])



朝9時に訪れましたが、門扉は閉ざされており、呼び鈴も無いため、参拝と御朱印は断念。



目黄不動尊(永久寺).jpg



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